乱読一風

読んだり観たり思ったり

伊坂幸太郎  AXアックス ~孤独について~

f:id:honyomihime:20210131160448j:plain

2017年7月 角川より単行本発行

2020年2月 角川より文庫として初版 連作短編集

最初のAXは2012年野生時代初出掲載されている

いつだって暗いぬかるみの中をあるいてきた。

 

私にとって「初」伊坂幸太郎氏である。なかなか熱狂的なファンがいる、と何かで聞いた覚えがあるが、殺し屋の話があまり得意ではなく、今までスルーでしたね。

アックスとは斧のこと、この話の主人公である最強の殺し屋のハンドルネーム?である。主人公がちょっとほかと違うのが、最強の殺し屋にして、恐妻家というところで、これはコミカル路線なのか?楽しくしちゃうのか?殺し屋の話だけど?とはてなマークのままとりあえず、読んでみた。

2018年本屋大賞ノミネート作品なので、ストーリーはさすが安定のおもしろさ、なんで今まで読まなかったのかな、伊坂幸太郎氏を、私は!

コミカルな色合いはあまりなく、主人公には普通の家庭があり、そろそろ進路を決めようか、という思春期の息子がいて、その一般市民としての家庭生活と殺し屋のお仕事が同じ地平線上に続いている。当然、彼は殺し屋の仕事はやめたいと思っているのだが、裏の世界からの脱出はなかなかできずにいる。

ところどころにある伏線は場面場面できちんと回収され、あ、これはここで回収なんだ、とストレスフリーな展開、そして、ああそうか、と思わせる文章もちゃんとありました。

なぜ彼は、殺し屋になったのか、最終章でさりげなく示唆している文章がある。

いつだって暗いぬかるみの中を歩いてきた。子供のころから親しい者もおらず、俯きながら裏道を歩く日々を過ごしてきた。

一言で言えば不幸な生い立ちという事だろう。不幸な生い立ちがどんなものだったかは記載がないが、暗いぬかるみの中を歩くという一文で想像できることはいくらでもある。不幸とか不運とかではなく、宿命だったのかもしれない。逃れることができない日々を過ごしてきたことがこの文章に凝縮されている。殺し屋を辞めたくてもなかなか辞められないのは今に始まったことではないのだ。

そして続きはこうなる。

 

ほかの人たちはみな、舗装された道を歩いている

 

ぬかるんで歩きにくい道ばかりだ、と思っていたが、横を見やればほかの人たちはみな、舗装された道を歩いている。

ずっとこのままなのだろうか、と浮かんだ疑問を自身ですぐに消す。ずっとこのままに決まっていた。

孤独な独り歩きが綴られている。まさに、孤独ってこれだな、と思った。まわりには自分とは違う「やすさ」を身につけた人たちでいっぱいなのだ。生きやすさ、生活しやすさ、愛しやすさ、皆軽々とこなしている、なぜ自分は、、、と他者との比較の中に孤独は忍び込んでくる。人と比べるな、なんて人間である以上できないわけで、ジャングルでライオンにでも育てられればまた話は別だろうが、舗装道路と思っていた他人の道が同じようなぬかるみであったとしても、ぬかるみ具合を比べるのが人間なのだ。自分は自分でいいのだ、という力強い自己肯定は、何かしら少しでも、ひとかけらでも、幸せな子供時代の思い出が必要ではないか、と思う。そして孤独は病のように心を蝕み、判断を狂わせ、行ってはいけない方向を指さすのだ。

だが、やがてアックスは暖かいものが胸に広がっていく家庭を持つ。彼がいかにして家族を持つようになったのかは語られていない。高校生の息子と妻との日常がつづられていく。彼は、暖かい家庭というものがわからない。そこで妻の言動一つ一つにどのように応対するのが正しいのか、トライアンドエラーで学んでいくのだ。学習は、教える側に学習していることがばれてはいけない。なぜそんなことがわからないのか説明しなくてはならないような事態を招いてはならない。そうして暖かい家庭を維持し、家族がバラバラになったりしないよう細心の注意を払うのだ。初めて感じた胸の中に湧き上がる暖かい気持ちを離すまいと必死なのである。

これではまず間違えなく、亭主関白にはならないですよねえ。世間で定義されている恐妻家とは少し違う。妻が怖くてしょうがないのだが本当に怖いのは妻ではないのだ。最初はややコミカルに恐妻家ぶりがつづられているが、やがてアックスの学習の成果が普通の夫、父親としての自然な振る舞いに集約されていく。

ところで、「孤独」の対義語ってなんだろう、とググってみた。あえていうならば、「連帯」らしい。なるほどね。アックスも物語の中で連帯を思わせる言動が増えていくのだが、それがまた彼のアンビバレントな在り方を加速していく。

戦いや殺人の打ち合わせなどの場面はいまいちピンとこない私だが、ストーリーの中の主人公の変容と、息子による謎解きの後半とで一気に読み切ってしまった。

私のように殺し屋の小説は読まないよ、という女性にもおすすめです。